雑談はコーヒーと共に

ダラっと好きな事について語り合いましょう、コーヒーでも飲みながら。

空気を読まない真理

この記事を書くことにしたきっかけ

この前のはてなインターネット文学賞のお題は「記憶に残っている、あの日」。このお題を見て思い浮かんだ光景があったのであの記事を書かせてもらったわけだが、実際は思う浮かべた記憶は一つではない。他にも何個か記憶に残っている日や瞬間というのはある。そしてその時に思ったことというのは今でも握りしめており、自分の価値観に少なからず影響を与えているものだと思っている。記事に書いた記憶よりは短い一瞬の長さだったため選ばれなかったが、せっかくなのでブログに書いて言語化・記録しておきたいと思ったわけだ。

ステージに立ったインド人の優等生

さて、最初に思い出した日のことについて語るとしよう。これは高校生の時だ。キリスト教学校なのでチャペル(礼拝堂)があるわけなのだが、そこは体育館のステージのように様々な学校行事に使われていた。その時の何だっただろうか。行事そのものはあまり興味を持っていなかったからか、正直に言って覚えていない。確か、弁論大会とか、卒業課題の発表とか、そんなものだった。

ステージの上で話していたのはインド人の同級生(ネパールだったかな…?)。クリスチャンとしても学生としても正に「優等生」な女子だった。成績は常に上位、問題を起こすこともせず、福祉や課外活動に積極的。優等生特有の嫌われ方をすることもあったが、基本的には生徒にも教師にも信頼されている存在だった。さて、「インド人」で「女性」というだけでピンとくる教養人もいそうだが、そう、インドといえば「カースト」文化によって基本的人権の導入が遅れている国代表だ(西洋文化で確立した基本的人権の概念をそのまま他国に押し付けるべきかどうかの議論はこの場では置いておく)。インドやネパールの女性は未だに文化的に弱者であることで有名だ。

ちなみに、フェミニズムや男女平等論でよく取り上げられる「ジェンダー・ギャップ指数」の2021年版が公開されている。女性問題等に興味がある人はぜひ調べて欲しいわけだが、なんと日本はランキングがネパールよりも低い。インドには勝ってるが全体と比較すると大差はない。だがどうだろうか、カースト文化のあるインドほど日本人女性は虐げられているだろうか?別にジェンダー・ギャップ指数を嫌っているわけではないがたまに誤解されている気がするのであえて言っておきたい。ジェンダー・ギャップ指数は特定の基準を設けて図っている。その基準が必ずしも「我々が肌で感じる平等性」と一致しているとは限らない。「日本は女性差別国!」という声は多く、それは間違っていないと思っているが、そこで単にジェンダー・ギャップ指数の低さを挙げて感情的に叫ばれても、批判される立場に立たされている男性の協力者は得られにくいと思う。あと、教育分野や医療分野において日本は男女の平等性をかなり確立している、と評価されているのも考慮すべき点だ。個人的には教育はもっとバリアフリーにしていきたい。どっちにしろちゃんと理解してから根拠として使わないといけない。

話がいつもの如く逸れたが、そんな国出身の彼女が女性問題や差別問題に興味を持つのは自然なことだったのだろう。実際、学校でも女性差別を減らすための運動を先導していた。Girl Upという団体の運動だ。ちなみにこれは僕も参加した。

そんな彼女がチャペルのステージに立っていた。自分の故郷に一時帰国したようだ。どうも、その時に格差や貧困の現実を目の当たりにしたらしい。

「道端に力無く座って飢えている子供たちの姿が忘れられないのです。可哀想な彼らの目を、視線を、忘れることができない!」

彼女自身(たぶん)涙を浮かべながら必死にステージ上で我々に訴えていた。この真剣な訴えはもちろん、チャペルの雰囲気を重く、真剣なものに変えていく。

放たれる小さな一言

そんな彼女が真剣に訴えている中、隣に座っている友達との雑談に忙しく楽しそうに横を向いている生徒も普通に多かった。よくある光景だ。もちろん彼女の訴えに真剣に耳を傾ける生徒も多かった。僕はちょっと後ろ側の席に座って聞いていた。後ろにいたため、全体を俯瞰しながら聞いていた。彼女の訴えも聞いていて、普段の僕だったら同調しただろう。しかし、何かしらの感情を感じる前に、前の席に座っているクラスメイトのあるセリフが聞こえてしまったのだ。

「そんなこと言ったって、しばらくすればどうせ慣れてしまうに違いないよ。」

中々にきつい一言だ。涙を浮かべながら訴えている彼女に対してあまりに無慈悲な一言。その言葉を放った彼はすぐに楽しそうに友達との雑談に戻ってしまった。その言葉は隣の友達に向かって言った一言であるため、チャペル内で聞こえた人はほとんどいないと思う。

その一言にハッとしたボリビア育ち

それでもその言葉は僕に刺さってしまった。だって、その通りだった。僕はボリビアで育った。ボリビアは南米で最も貧しい国とも言われる。貧困層が目に留まらない生活なんてない。賑やかな街中でも必ず、家がなく路上で暮らしている貧困層がいる。信号で車が止まれば、すぐに物乞いや物売りの子供たちが車の間を走り始める。(なぜ子供かというと、子供のほうが同情を買いやすくお金をもらいやすいからだ。)道を歩けば眠っているのか死んでいるのかも分からない親子が寝ている。そんな国で育ったんだ。その光景は深く心に刻んでいるつもりだった。忘れるつもりはない。でも、確かにそれを「当たり前」としてしまっていた自分に気付かされた。「当たり前」として諦めて、特に行動しようと思っていなかった。もちろん僕一人が変えられる事柄ではない。でも、一人一人が貧困のない世界を願って目指さなければ貧困なんて消えない。僕は貧困が当たり前な国で生きたのにその日常に「慣れて」しまい、裕福な日本に来てそれを危うく「思い出」の中に押し込めようとしていた。

そのクラスメイトは、インターナショナルなキリスト教学校の生徒の中では少数派な、海外を経験していない日本人のノンクリスチャンだった。こんなガッツリとキリスト教な外国人だらけの環境で肩身の狭い思いをしてきたとは思うが、日本人でユーモアセンスもありとても仲良くしてくれたクラスメイトだ。だからこそ、彼も彼なりによく考えており、色んなことについて議論したりもした。そんな彼だからこそ放てた一言なのだろう。

以降、貧困のことを考えるときに僕はいつもこの時のことを思い出す。感情に訴えた軽はずみな偽善になっていないだろうか。あの一言に反論する術を自分は持っているのか。「持つ者」から「持たざる者」へと向けられるただの同情になっていないか。慣れてしまっていないか。どうせ変わらないと諦めてしまっていないか。あの光景を偽善と感情論のみで終わらせてはいけない。じゃないと、彼らが飢えている横で自分は平然とご飯を食べれていたことに申し訳が立たない。

全体に同調しない一言

彼の放った一言は、そのチャペルを覆っていた雰囲気とは全く逆の立場のものだった。ステージ上で話しているインド人の女子によって感情的に誘導されていた集団心理を全く気にもせず、ただ自分の意見を言い放った。人によっては勇気がないとできない行動だろう。僕自身も彼の一言が聞こえなかったら全体と同じように同調していただろう。なんかインド人の女子を悪く言っているように聞こえるがそんなことではない。彼女の言っていることも正しく、真理であり、むしろ同調すべきことだろう。彼女自身、真剣に何かしたいと思って学校中に勇気を出して訴えたのだろう。それは正しく、凄いことだ。しかし、そんな彼女の意見に、もはや反論することすら悪に思われるようなその立場に、彼はボソッと反論を言ってのけたのだ。そう、全体の雰囲気はインド人の女子への同調だ。そんな中で、彼は「空気を読まず」反論した。彼の意見も、僕の経験上では一つの真理というか立派な反論と言わざるを得ない。この一種の声なき声を「空気を読まない真理」とでも呼ぼうか。

集団心理が誘導されようとしている状況がある。一見、その集団心理が正しく思えても、その心理を疑わずに同調することには危険があるかもしれない。その中でボソッと、流されていない人間の意見が、実は耳を傾けるべきその声なき声が放たれている瞬間は案外多いのかもしれない。

他にも似たような状況は何回かあった。その時も深く考えさせられた。時間があればもう何回かこの「空気を読まない真理」に遭遇したことについて話していきたいと思う。